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日々の仕事のこと、観劇・鑑賞記録、出張報告など、国内外の舞台芸術を中心としたアートおよびアートマネジメント全般がテーマです。
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「ペ」め~!! 怒涛のソウル22時間 (後編)

*ぜひ下の前編、中編からお読みください。

今日は日曜日。せっかくならもっとゆっくりして帰国したいのだが、この週末に唯一取れた空席が朝10時のフライトで、これを逃すと月曜日まで帰れない。それもこれも、ぜ~んぶ「ペ」のせい。そう、すべて「ペ」のせいなんだ(怒)と何度も心に言い聞かせる。
朝7時にJaniceが自家用車(サムソンの超高級車!)でホテルまで迎えに来てくれる。昨日、「空港まで送らせてね」といって引かなかった彼女、そして朝4時まで飲んでいたという彼女、君のそのエネルギーとバイタリティはどっから来るんだい? 帰国子女でもないのに英語が本当にぺらぺらで、ジャーナリスムを専攻しアメリカ系企業でバリバリ働いていたという彼女。アートマネジメントに目覚めたのは最近のことらしいが、過酷な現場で生き残っていくにふさわしいそのたくましさがあればきっと大丈夫だよ…とにかくお世話になりました。
こうして、滞在時間合計22時間のソウルをあとにした。

機内では爆睡しながらも、「ペ」をはじめとする韓流スターの追っかけおばさんたちの高らかな話し声にうなされ夢見は悪かった。自分の撮った還流スターたちの写真アルバムを見せ合う彼女たちの生態に恐れおののきながらも、もう何も抵抗する気になれずひたすら成田を待った。
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 ↑ほんとうにホテルにおいてあった、「冬のソナタ」ツアーのパンフレット各種。
    こわすぎ。やばすぎ。
by smacks | 2004-11-28 22:36 | ■アジア出張

「ペ」め~!! 怒涛のソウル22時間 (中編)

*ぜひ下の前編からお読みください。

朝5時起床。6時30分のスカイライナーで成田へ向かう。最後の手段は直接空港の大韓航空カウンターでチケットを購入すること。さすがに海外出発当日にチケット持たずに成田へ行くなんて相当の度胸と覚悟がいる。冷や汗たらり。
結局、昨日Janiceが入れていた予約がまだ生きていて、晴れてチケット購入完了。ふぅ~。っていうかフライト直前でも国際線のチケット買えるんだ。まあ正規料金なので値段は張る。

飛行機は12時にインチョン空港に到着。しかし入国審査には日本人の長蛇の列、12時半過ぎにようやくタクシーに飛び乗る。セミナーが始まるのは13時半。直接会場まで行けば何とかなるか…。と思いきや、今度はひどい交通渋滞に巻き込まれる。もうここまできて間に合わなかったどうしよう、どれだけの人に迷惑がかかるんだろう、いったいどういう会議で何をしゃべらされるんだろう、っていうかなんで自分はこんなことに巻き込まれて昨日から走り回ってるんだろう? …緊張と疲労と怒りが入り混じり、かなり気分が悪くなる。
この怒りの矛先を誰に向けていいのか…そのとき、私は今回の不条理な騒動のすべての元凶は「ペ」だ、と自分の心に言い聞かせた。「ペ」さえいなけれりゃ、少なくとも航空券はスムーズに予約できて入管もあっさり通れて、こんなに走ったりしなくてもよかったはずだ~!!
「ペ」め~!!(怒) お前のその微笑みが気持ち悪すぎるぞ~!!
怒りのボルテージがいったん極限まで上がった後は急に落ち着いた気分になって、遅刻しようが怒られようがどうでもいいやという心理状態になっていた。タクシーが会場のCOEXに到着したのは14時。もうとっくにセミナーは始まっている。
すると建物の2Fから私の名前を呼ぶ声が。Janiceだった。
ソウル財団の人々の「やっと、来たんですね」的な微妙な反応にすごすごと頭を下げつつ、会場ホールのスピーカー席に座らされる。上海のフェスティバルのスピーチが終わっていなかったのが不幸中の幸いだった。
このセミナーのテーマは「フェスティバルと都市マーケティング:東アジアの事例」。おいおい、なんでTIFにこんなテーマを振るんだよ、うちは都市開発や観光には一切関係ないよ、と前々から言っているのだが…
SI-Danceのディレクター李さんが私のことを紹介してくれる。韓国語なので全く何を言っているか分からない。でも気分はある種の躁状態になっているので、市村さんが書いた原稿をもとに絶好調に話し出す。
が。 100人はいるだろう観客たちが口々に「日本語の同時通訳が聞こえない」と言い出す。そこにJaniceが飛んでくる。「スピーチは英語でお願いっ!!日本語の通訳は容易してないの」ひょえ~~~そんなこと一言も聞いてないよう。日本語-韓国語の通訳つけるっていったじゃん!!! 「それは市村さんが来たらという意味で、あなたは英語しゃべれるでしょう?」 ちょっと待て! 日常会話とスピーチを一緒にするな、準備しないでアドリブの英語スピーチなんかできるかい! 
「絶対、無理。英語じゃヤダ」と粘ること30秒。一瞬、この際英語でもなんとかなるかと思ったが、せっかくこんなに苦労して来たのにたかが語学のせいで意味のないことを話すことこそ無意味と思いとどまっていたところ、幸運にも会場に日本語が堪能な人がいて、通訳を買ってでてくれることに。うわ~救われた~
こうなってくると、どうせ通訳もアドリブなのだから、こちらもアドリブ&ウケ狙いでいくしかないのだ。最後の最後までこの席に座れるか分からなかった理由を「ペ」のせいだと言ったら案の定大うけ。
フェスティバルが都市のマーケティングや観光に関与するのは、都市にグローバルな文化政策があってこその話だ。東京都から支援を受けず、よってなんら東京都の文化政策に対して責任を負っていない我々TIFにとって、このテーマはあまりにも意味がない。アートを都市開発の手段として位置づけ利用する立場(地方自治体や財団、企業)と、自分がやりたいアートをするためにアートの社会貢献を口実としてお金や機会を引き出す立場(アートのプロフェッショナル)。その両者が同じテーブルについてビジョンを共有しない限り、フェスティバルが地域開発に貢献することなどありえない。こういうテーマについて話させたいなら、アヴィニオンとかエジンバラのディレクター呼べよ・・・と思う気持ちを抑えつつ、TIFの本音を30分ほどしゃべり続ける。
アドリブ通訳さんが優秀だったのか、お客さんの反応はとても良く、うなずきながら熱心に私の話を聞いてくれる若い学生さんもいて、話すのは楽しかった。

が、全体的にはこのセミナー、日本語、韓国語、中国語、英語が入り乱れ、お互いのディスカッションは成り立たず…っていうかレベル低すぎないかい? 少なくともセミナーの内容について誰が責任を持つのか、その所在をはっきりさせようよ、と思った。私たちはJaniceからテーマについて原稿・スピーチ依頼を受けていたが、司会者やほかのパネラーについては全く知らされていなかったし、原稿を出したあともそのフィードバックやアーティキュレーションもなかった。結局いつものパターンで、オーガナイズをする担当者は形式を整えることと事務に終われ、内容の核心に対しては責任が空白状態になってしまう。

疲れた。夜のショーケースの前に食べたサンゲタンだけが唯一の慰めだった。
明日の朝は6時起き7時出で帰国しなければと思うと、ショーケースやらレセプションやらの後はもう何もする気になれなかった・・・
by smacks | 2004-11-27 01:33 | ■アジア出張

「ペ」め~!! 怒涛のソウル22時間 (前編)

すべては昨日(木曜日)、市村さんが予定していたソウル行きを一身上の都合でキャンセルしたことから始まった。もともとは、TIFも理事メンバーとなっているAAPAF (Association of Asian Performing Arts Festivals―アジア舞台芸術連盟)というネットワークの理事会ミーティングのため、3泊4日の予定でスケジュールは組まれていた。それに合わせ、今回のAAPAFのスポンサー、ソウル市の財団Seoul Foundation for Arts and Culture (ソウル芸術文化財団)が主催するセミナーでもスピーチをして欲しい、という要望があり、OKしたのが前回のソウル訪問時。確かに一度OKしたものを直前でキャンセルするのは申し訳ないが、しかし一身上の都合なのだから仕方ない。

しかしソウル側は諦めなかった。ここで日本からの代表が来なければ、セミナー主催者の顔が潰れ、AAPAFのソウル事務局を勤めるSI-Dance フェスティバルとソウル財団の関係が悪化する~どうしてくれんのよ~(涙)と電話ごしに泣かれたのだ。ここまでくるともはや問題は、ソウル財団とTIFの間に板ばさみになった事務局担当者Janiceの職業生命がかかっていた。「Chiaki, どうか、どうか代理で来て!!!」という担当者Janiceのはかなげな声に負け、「分かった、行く」と言ってしまったのが木曜日の夕方だった。
まあソウルなんて国内旅行のようなもの。土曜日午後に行われるセミナーまでには到着できればいいやと気楽な気持ちで航空券を探す。が、どこにかけても週末の東京―ソウル間は満席だという。旅行代理店に勤める友人に手当たり次第探してもらっても、一切空席がない。「とにかく一席もないなんて、異常事態だけれど事実」と彼女も驚くほど、あれだけ数多く飛んでいる東京―ソウル間に一席も空席がないという。それは「ペ」(いわゆるヨン様)のせいなのだろうか? でも今日来日してるんだから、方向は逆だよなあ・・などと推察しつつも、実際にはこんなクソ忙しい時期に1泊2日で海外出張などしたくない筆者にとっては、これは最高の口実のように思われた。

結局昨日はチケットを見つけられず、本日、つまりセミナー前日を迎えた。
朝からがんがん携帯にコールしてくるJaniceに、おそらく「ペ」のせいでチケット入手は不可能だから諦めるしかない、と説明する。が、Janiceはひるまない。「それでも見つけるのよ!」。おいおい、その強引さはどっからくるんだよ。「とにかくこっちは手一杯だから、そちらで何とかして」と言い放つ以外に方法はない。だって本当にチケットはないのだ。見つけられるもんなら見つけてみやがれ! 
数時間後。ミーティング先の横浜へ向かう電車の中、またJaniceから電話がかかってる。「チケット予約できた! 明日の朝9時のフライトよ。 どこでもいいから一刻も早く旅行代理店に行って航空券を受け取って!」という。マジ~?? その執念には脱帽というか恐怖すら感じたものの、ここまで来たらもう後には引けない。
ミーティングが終わるや否や、関内周辺の旅行代理店を探しまわる。ようやくJTBのオフィスを見つけるも、「ここではお引取りはできません、横浜西口の支店へ」といわれてしまう。がーん。しかも時計は18時45分。支店は19時閉店。駅まで猛ダッシュして電車に飛び乗り、横浜ではまったく土地勘がないので人々に聞きまくりながらダイエー横の支店を探す。まさにシャッターが下りかけていた入り口を滑り込み、汗だくでカウンターに座る。ぜえぜえ…こんなに走ったのは10年ぶり以上に違いない。 しかし!!「あ、大韓航空のオフィスがもう閉まってるんで、こちらでの発券はできません」だと~! しばし疲労と失意で呆然とする筆者。担当のお兄さんも流石にすまなそうに出口まで送ってくれた。けど~

っていうかどうすりゃいいの? 明日朝9時のフライトのチケットがない!!!
by smacks | 2004-11-26 23:29 | ■アジア出張

「わいせつ」をめぐるバトル

アップリンクが主催する「配給ワークショップ」なるものに参加している。10月から3月、隔週木曜日、21時―23時。そんな時間帯だが、参加者はベンチャー企業の社長から転職を狙うOL、アダルトビデオ制作会社社員から演劇の役者まで様々。私はコマーシャルなマーケットには決してのらないような映像作品の配給に興味があって受講を決意。演劇との比較でかなり勉強になるし、浅井隆さんのお話は、とっても面白い。
今日のテーマは税関規制。海外から作品を買っても、実際プリントを輸入する段階で「関税定率法第21条」つまり「風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物そのほかの物品」は輸入してはならない」という一文のため、芸術性が高かろうが、映画のストーリーの中で極めて自然な描写であろうが、「わいせつ」と見なされた部分がある作品は税関に引っかかってしまう。と、プリントにぼかしを入れるのに1分あたり30万以上のお金が無駄に消えるのだという。むむむむ・・・高い。
この法律をめぐっては浅井さんは確信犯的に国と税関相手に訴訟を起こしている。「僕が生きている間に絶対この法律を無意味にしてやるのだ」と宣言してやまない彼の極めてポジティヴな執念・怨念には恐れ入ったが、実際、国の基準は、芸術性や表現云々ではなく、単に「それが写っているかどうか」という極めて即物的なものであること、逆に言えば「それがどう表現されているかは問題ではない」というところに、この国の不思議な論理を垣間見ずにはいられない。同時に、時代に即した裁判の判例をつくることで規制のボーダーラインを上げていくことが表現者の使命だといった浅井さんのセリフは、かっこよかった。ぱちぱちぱち。
ちなみに演劇・ダンスでは、「内緒でやっちゃう」のが一番賢いやり方だと、とある玄人プロデューサーは語っている・・・
by smacks | 2004-11-25 00:40 | ■アートマネジメント関連

映画も中東!東京フィルメックス

第5回東京フィルメックスへ行く。我々と同じ特定非営利活動法人(NPO法人)の運営による数少ないフェスティバルのひとつで、10月に開催されていた東京国際映画祭に比べかなりアート寄り・社会派の映画祭だ。特に今回のコンペティションはアジアの新進作家10名10作品がセレクションされていて、その中でもレバノン、イラン、イスラエルといった中東の国々からの参加が10作品中5作品を占めているのは興味深い。プログラム担当の方が「特に中東というテーマを設定したわけではないが、アジアの面白い作品を選んでいたら自然と中東のものが多くなった」と語っていたが、状況は演劇と同じようだ。
本日は「中東映画の現在」というテーマで3名の監督が映画製作をめぐる状況について簡単なトークを行った。アート系・社会派の映画製作に対して、国からの援助はまったくない。フランスなど映画大国との共同制作という形で作品を作り、国際映画祭への参加上映を経て国際的な地位を築いていく以外に、彼らが映画監督として生き残る道はない。これまた演劇とまったく同じ状況である。
今日見たレバノン出身・ダニエル・アルビッド監督作品「戦場の中で」は、レバノン内戦時の83年ベイルートが舞台となっている。主人公の少女にとって、内戦は爆撃の音という抽象的で遠い存在として描かれる一方、家族内の残酷な体験が内戦という社会背景の中で濃密かつみずみずしく描かれている。ちょっと恥ずかしいまでの映画的レトリックを多用している感もあるが、何か、とても地に足のついた強さがある。それは役者のほとんどが、実際に内戦を生きた普通の人々、つまりプロの役者ではない人々ということと関係があるように思えた。監督自身は70年生まれの美しいアラブ・パリジェンヌであった。

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ちなみにこの写真、上映後にスタッフさんが持っていた「観客賞」投票ボックス。
スタッフ皆さんおそろいのagnes.b シャツも可愛かったです。
by smacks | 2004-11-24 23:54 | ■映画・映像系

ドキュメンタリー「壁」、再び

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シモーヌ・ビトン監督のドキュメンタリー「壁」を再び見る。TIF中東プラグラムのアドバイザーをお願いしている中堂幸政先生、TIF中東プログラムと共催を組む国際交流基金・公演課の金井課長もいらしてくださった。
前回はパレスチナに行く直前にパリで観たこのドキュメンタリー。実際の壁を見てしまった後となる今回、改めて静かな衝撃を覚えた。
実際、壁の現実はすさまじい。そしてこの作品の主役は「壁」そのものである。すべてのシーンに壁が映され、分離と隔離のオブセッションが視覚的に迫ってくる。が、そこにわざとらしい物語性は一切排除され、緻密に作られた効果的な音響が超現実的な現実をより立体化する。
ラストシーン。金のドームが見えるほどの距離にある東エルサレムの一角を、3メートル前後の「低め」の壁が無造作につっきっている。その壁を、買い物帰りの主婦や老人、学校に通う学生、子供連れの親が、よじ登り、超えてゆく。上空にはイスラエルの偵察ヘリが旋回しているが、人々は生活を続けるために壁を越えるのだ。その情景はユーモアさえ感じられる。どんな壁を作っても、越えてしまう人々の淡々とした生活。そこに、監督シモーヌ・ビトンのかすかな希望と強い抵抗を感じたのは私だけではないだろう。「(この映画は自分のユダヤ・アラブという2重アイデンティティの葛藤という意味だけでなく)レジスタンスの表明でもある。それが例えまったく勝ち目のない戦いだとしても―。この映画の中に登場人物が言っているように、絶望した人々は口をつぐむ。だが私は絶望していない。私は戦っている。そう、私が心底絶望したら、もう中東の映画は撮らないだろう。」(「壁」カタログに掲載された監督インタビューより訳出)

ラマッラー上映はもちろんアルカサバの協力のもと、実際に建設中の壁をスクリーンにして上映されたこの作品、日本では、来年秋に開催される山形国際ドキュメンタリー映画祭への出品を目指しているそうだ。山形が配給先となって、ぜひ日本全国の映画館や自主上映会で日本語字幕つきで観られる日が来ることをこころから願っている。

下記、監督シモーヌ・ビトンの許可を得て、パンフレットに掲載されている監督ノートを翻訳・掲載させていただく。

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監督ノート

観客は一枚の白いページではない。彼らはこの国について、この戦争について、多くのことを知っている。彼らは自分の意見、時には実に明確な意見を持ち、必ずしも私の意見とは一致しない。
私は彼らを説得するため、あるいは彼らに議論をふきかけるためにこの映画を作ったわけではない。私はこの作品を、自分の感じたこと、自分の心から沸き出るものを彼らと共有し、自分に見えるものを彼らに語り、自分自身を彼らにさらけ出すために作ったのだ。

私が作品に収めた壁は、私自身の一部、つまり私の精神的、人間的人格の地平の一部である。壁はある意味、私たちの挫折の確認である。「壁」は、あらゆるものが政治的であるという意味において、もちろん政治的な映画だ。しかし政治を語る映画ではない。この作品は私自身のこと、我々自身のことを語っているのだ。

私は毎日のように中東の悲劇を超えて、地球上のほかの場所で起こっていることを考えながら映画を作り続けた。富めるものと貧しいもの、弱者と強者、「民主主義者」と「それ以外」、すべてを所持するものと何も持たないもの・・・。

どんな世界でも弱者は目の前に作られた壁を乗り越えようとする。そして強者は、あたかも誰かの幸福が他者の不幸を引き起こすかのように、弱者の立場に立たされることを恐れる。

ときに強者は弱者を恐れるあまり、その恐怖心を払拭するためあらゆる手を尽くし、弱者が本当の脅威となるよう仕向ける。
平和はいつか訪れるだろう。平和は必ずやってくるものだ。しかし現在、壁の時代は到来したばかりで、私はこの時代がおぞましいものになると危惧せずにはいられない。

シモーヌ・ビトン
by smacks | 2004-11-21 17:21 | ■TIF05-パレスチナ

昭和レトロの焼き鳥屋 in 池袋

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に飲みに行きました。地味な申請書地獄の中休み。
安い、早い、うまい、そして品数豊富な庶民的メニューと昭和レトロ調の雰囲気で店内はいつもいっぱい。なぜかほとんど全員外国人の店員さんたちが差し出してくれるビールは、「お疲れさまでした~」という温かい一言つき。気分はすっかり、おっさんサラリーマン。
ここに初めて連れてきてくださった中堂先生曰く「この間までは入ることも憚られるような、ぼろっボロの焼き鳥屋」だったそう。池袋東口を出て左、無印良品の前の信号を渡ってすぐです。
by smacks | 2004-11-19 20:04 | ■その他もろもろ

パレスチナからの便り

アラファトがラマラを離れパリ・エジプトを経由してラマラ議長府に埋葬されて以来、3週間ぶりにようやくパレスチナからメールが届いた。アルカサバ劇場のディレクター、ジョージ・イブラヒムからである。「Everything is OK」という言葉で始まるこのメールに、私たちがメディアを通してみたあのラマラの悲壮感はない。が、「状況は刻一刻と変化」しており、「ようやく土曜日から予定どおりシリアで「占領下の物語」の公演旅行に出発できることになった」という文面には、そこに至るまでの混乱と疲労が読み取れる。とにもかくにも、ジョージをはじめラマラやエルサレム在住の団員がパレスチナから出国できる状況には戻ったことは朗報であろう。(もっとも、ゴラン高原を越えるわけにもいかないのでテルアビブ空港からの長旅を強いられるわけだが・・・)
アラファト亡きあと、彼らはいったいどんな思いで「占領下の物語」を上演するのだろうか。・・・アラファト死去に伴い刻一刻と変化する状況の中で、本当にわれわれは新作をつくりだすことができるのか? できるとは思うが、大変だろうとも思う今日この頃・・・
by smacks | 2004-11-18 00:31 | ■TIF05-パレスチナ

トホホな季節到来

アート業界の人々にとって、この数週間は特別の意味をもつ。そう、次年度の助成金申請が集中している、「神聖」ならぬ「申請」の季節である。文化庁、国際交流基金、芸術文化振興基金、民間の諸財団・・・わたしたちも例にもれず、大量の申請書類と企画書の作成に忙殺されている。今年は特に、とある超ヘヴィ級スペシャル申請をひかえ、その担当者となった筆者はかなりトホホな毎日を送っている。申請書づくりは、とにかく「慣れるしかない」と言われる代物で、作成経験をつんでいく以外にスピードと効率のアップはありえない。実際、企画の内容とはほぼ無関係のテクニックであるが、このテクニックを会得しない限り勝利はない。そのテクニックを得るには、やはり数をこなすしかないようだ。一番の曲者は申請の内容が細かく規定されている書類で、書くことはおおむね決まっているのにそれを別のレトリックで言い換え全体的な整合性を持たせる作業。これは実に辛い。あまりに「あたりまえのこと」を別のレトリックで語ることの難しさ(と同時にむなしさ)は、格別だ。
草刈の後遺症と慢性寝不足の体に鞭打って、書類との格闘をするここ数日、ブログにアップする写真のネタもない、地味な生活に耐える筆者でした。とほほ~
by smacks | 2004-11-17 01:04 | ■アートマネジメント関連

草刈フォーラム2004 開催

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なぜ草刈フォーラムか? その理由はよく分からない・・・。豊島区文化デザイン課八谷係長の命名による本日の草刈大作戦、にしすがも創造舎の校庭や校舎周辺の雑草と落ち葉を一掃する一大プロジェクトである。その理由は・・・よく分からないが、草刈りをしないと校舎の維持管理に支障がでるらしい。
集合時間は朝9時。集ったのは、にしすがも創造舎を管轄する豊島区文化デザイン課の八谷係長以下職員6名、創造舎にオフィスを構える芸術家と子どもたちの堤さん・坪井さん、そしてANJスタッフの大久保・相馬と学生アルバイトの4名、総勢13名! (加えてANJオフィスで3名が差し入れなど後方支援を担当。)
文化デザイン課の長井さんが陣頭指揮をとる。「注意事項ですけど、この鎌、草刈り用じゃなくて稲刈り用で、よく切れるので注意してください」・・・・ぬぬぬ、稲刈り用? 実際とてもよく切れるので、作業ははかどる。が、草は抜いても抜いても、落ち葉ははいてもはいてもなかなか減らない。さらに、ほとんど肥料化した大量の干草を袋に詰め運ぶ。その作業、延々5時間・・・腰が痛いぞお。
15時過ぎにフォーラム無事終了。そして積み上がった「ナマ草と枯葉のゴミ」なんと42袋・・・そのゴミの山と一緒に「草刈りフォーラム04」の記念撮影となりました。皆さんお疲れ様でした! 
by smacks | 2004-11-16 18:45 | ■にしすがも創造舎


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