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日々の仕事のこと、観劇・鑑賞記録、出張報告など、国内外の舞台芸術を中心としたアートおよびアートマネジメント全般がテーマです。
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カテゴリ:■TIF05-チュニジア( 12 )

チュニジア「ジュヌン―狂気」、その後

1996年から2004年まで全53回に渡って全国各地で開催されたトヨタ・アートマネージメント講座のアーカイブと、日本におけるアートマネジメントの情報を集約したサイト、ネットTAM。アートマネジメントを志すものなら誰でも覗いたことのあるサイトのひとつだろう。

ここで毎月更新されているのがリレーコラムという面白いという企画。
前回はわがボス市村さんが執筆したコラム、タイトルは「またNPOつくちゃった」。。。
で、今回新たに掲載されたのが、市村さんからバトンをうけとったニッセイ基礎研究所の吉本さんのコラム「最近の「評価」流行には少々うんざりだけど・・・」。業界のプリンス(!)吉本さんから、先の東京国際芸術祭で招聘したチュニジアの演劇「ジュヌン―狂気」について、大絶賛のお褒めの言葉を頂きました! ここまで言い切ってくれる人がいると、本当に勇気が出るものです。ぜひご一読してみて下さい。
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(c)松嶋浩平
そしてそんな凄まじいインパクトを残して日本を去っていったチュニジアの演出家ファーデル・ジャイビ、2006年6月にはついにアラブ世界の演劇としては初めてパリのオデオン座 Theatre Odeon de l'Europe に登場する。(実は先月5月9日にはパリで記者会見が開催されていたのだった。)いよいよ「ジュヌン」後の新作が動き出す、ということで世界中からの注目が集まっている。また、「ジュヌン―狂気」のほうは、05年10月のSPAF(ソウル舞台芸術祭)での招聘公演が決定。9月下旬から10月上旬の開催ということで、この傑作を見逃した方はぜひソウルへ!
by smacks | 2005-06-02 22:39 | ■TIF05-チュニジア

任務完了! 成田の別れと再会

3月22日
朝4時半起床。猛烈に眠いからだを引きずって、まだスカイライナーもエキスプレスも出ていないため京成線の各駅停車にのって成田まで、延々1時間半。扉の近くに座っていたため、ドアが開くたび寒い思いをしつつ、気がついたら爆睡。
出発ロビーにはすでにチュニジアの面々がAFのチェックイン・カウンターの前で列を作っていた。とりあえず全員いることを確認し一安心。これで出国できれば、もう1週間前の悲劇はタダの笑い話になる。
とりあえず全員出発ゲートまで送り出し、ようやく、任務完了!! もう自分の管轄内にアラブ人がいないと思うと、開放感と寂しさでちょっとぽっかりとした気分にはなった。
今度は1F到着ロビーへ。ナント市文化局長のジャンルイ・ボナン氏のお出迎えをメセナ協議会に委任されているのだ。飛行機は1時間ほど遅延。待ちながら、ベンチで横になって爆睡。ここまでくると、恥も外聞もない。いつでもどこでも眠れる自分はちょっと偉い&恥ずかしい。。。

この体制で一時間ほど眠ったあと、ボナンさんと6ヶ月ぶりの再会を果たす。ボナンさんは私が出迎えていることを知らなかったし、私はボナンさんが知らないということを知らなかったので、それなりに驚きと感動の再会となる。
リムジンバスにのって帝国ホテルへ。それからラ・フォール・ジュルネの行われる東京国際フォーラムで昼食会。食事後、諸々の打合せの通訳などをしながら、会場となるフォーラム内部を視察。5000人の大ホールは、かなりすごい。いまどきこんなホールを作るって、どういう考えだったのか。

なんだかんだ6時ごろまで彼らのミーティングにお付き合いし、久しぶりに西巣鴨の自分のデスクに腰を下ろした。・・・・何をしたらいいのか、一瞬分からなかった。
by smacks | 2005-03-22 23:32 | ■TIF05-チュニジア

最後の晩餐

3月21日
朝から、今までたまりにたまったプライベートを片付ける。病院にいったり、洗濯をしたり、部屋を片付けたり・・・少しは人間らしい生活を取り戻そうと努力をする。
夕方からチュニジアチームに合流。YAMPの中山君はカンパニーの数名を連れて皇居や浅草、秋葉原で丸一日を付き合ってくれていた。一方YAMPの宇波さんは、ジュヌンで母親役を演じた大女優ファトゥマ・ベンサイデンのアテンドで東京駅までお出かえ。それから皆で西新宿の居酒屋で最後の晩餐をとる。
アラブ人、チュニジア人から見たパレスチナ問題。議論は異様なまでの盛り上がりを見せた。パレスチナやイスラエルのフェスティバルから招待されようと、イスラエルという国家内=占領地パレスチナへ足をふみいれることをかたくなに拒否してきた彼ら。彼らに限らず、例えパスポート的には何の問題もなくイスラエルに入国できるが、それを拒否するアラブ人は多い。
それから、今回の東京公演におけるチュニジア大使館の対応についても、議論はおおいに盛り上がった。チュニジアという国の置かれている屈折した現実を語るに絶好の素材であったことは、言うまでもない。
by smacks | 2005-03-21 23:29 | ■TIF05-チュニジア

チュニジア/パークタワー最終日

3月20日
朝9時。本日帰国のピエールをリムジンにのせるためワシントンホテルのフロントに行くも、彼の姿はない。部屋の電話は誰も出ない。昨日のトークも時間ぎりぎりに現れた前科者ピエール。実は3連休でむちゃむちゃホテルは混雑し、エレベーターが麻痺した結果、フロント階に下りるまで10分もかかっていたのだった。何とかチェックインを済ませバス停にダッシュしたものの、バスは無常にも我々の目の前で扉を閉めて行ってしまった。うああああ、去年もこんなことあったなあ。。。新宿までタクシーを飛ばし、次のリムジンバスに乗る。もろもろの精算やら打合せが済んでいなかったこともあり、結局一緒に成田まで行くことに。また早朝の成田にはせ参じることに。
とはいえZAWAYAに椿昇特集を組むための詳細など話し合いながら、ピエールを無事に送り出した。さすがに突然の成田往復はきついなあ・・・早く戻って寝ようなどとぶつぶつ考えながら到着ロビーに戻り、バスチケットを購入しようとしたそのとき。ふと横を向くと、そこには見慣れた人が・・・・聖子嬢でした。とうとう早朝成田で会ってしまいました。彼女はドイツのドラマトゥルクのお出迎えに成田詣で。

チュニジア最終日。今日で現場は終わる。・・・・長かった。この怒涛の現場の日々を、ジュヌンのすばらしい評判とともに現場を締めくくることができて、感無量だった。

が、その感慨に浸る間もなく、舞台・客席のばらしが一斉に始まる。そのスピードといったら。つくるのは大変でも壊すのは一瞬なのだ・・・

その合間に、市村ディレクターの提案によりファーデルとジャリラ、市村さん、そして今日の公演を観てくださった永井多恵子さん(TIFの組織委員でもあらせられるのだ)+相馬で、寿司屋の一室で今後のことについて話し合う。お互いをお互いが高く評価しあった後は、話が早い。少なくとも2年後には何かしらのアウトプットを共同でやっていく方向で話がまとまる。
ファーデルもジャリラも、ついでに市村さんも永井さんも上機嫌。とても素敵な雰囲気での会食だったが、ばらしの現場から電話が入って、戻れとの指令。。。後ろ髪を引かれながらも、その場を切り上げる。(その後この半ば強制的な会食の中断を、ファーデルに切々と訴えられることになる!)

パークタワーに戻って、最後のかたし。トラック2台にもろもろを詰め込む。そしてトラックを追いかけて舞台監督さんらとタクシーで西巣鴨へ。
とりあえず壁の残骸やら小道具、制作物をにしすがも創造舎に格納し・・・すべてが終わったころには12時ちかくだった。ああああとっても疲れた~ 
by smacks | 2005-03-20 23:11 | ■TIF05-チュニジア

アラブで今、演劇的であること

3月19日
マチネ&ソワレ。その間にトークセッションというハードな一日。
11時よりトークセッションにそなえてファーデル、レバノンの演劇評論家でアルハヤートの記者、ピエール・アビザーブ、鴻英良さんとのミーティング。このままシンポジウムにしてしまったほうがいいのではというほど、エキサイティングな議論が続く。「もしも、私がここ東京でこうして自分の作品を紹介できたことが、9・11以降という文脈の上で語られるのであれば、本当に感謝しなければならないのは東京国際芸術祭じゃなくて、ビンラディンとジョージ・ブッシュだね」と笑ったファーデルの言葉が残る。アラブ・イスラム文化圏の演劇、という枠組の中で語られることに対するファーデルの抵抗は、当然のものであるが、我々の芸術祭の「中東シリーズ」はまさに、9.11以降突然イスラム・アラブ世界に向けられた眼差しが具現化したものであることも事実なのである。

トークセッション。ゲスト紹介と通訳補助のため壇上に上がってトークを見守った。1時間45分という時間はあっという間に流れたが、その限られた時間の中でも、話題はジュヌンからチュニジア、アラブ世界における演劇や芸術の潮流、検閲や観客の問題へと次々と展開した。(いずれ活字にするつもりです)
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(c)松嶋浩平

ソワレ公演が終わった23時過ぎ、ファーデル一家(演出家ファーデル+妻ジャリラ・バッカール+娘さんエシア)とヌンを好演したアリ君と、パークハイヤットで夜中の会食。さすがに彼らも、「肉が食べたい」といってステーキを注文。ファーデルが嬉々としてポークのステーキをほおばっていたのが意外といえば意外だった。それから54Fのニューヨーク・バーで、ピエールや振付家のナウェル・スカンドラーニ(二人とも去年のIVPでも来日している)やカンパニー・マネージャーのハビブも合流し、アラブ人と過ごすゴージャスな東京ナイト(?)を堪能した。
by smacks | 2005-03-19 15:39 | ■TIF05-チュニジア

ジュヌン―狂気、衝撃の初日あく

3月18日

とうとうチュニジア、初日があいた。

拍手は鳴り止まず、感動のあまり泣きながら出てくるお客さんもいた。
なんだかよく分からないが、とてつもなくすごいものを観た、という人もいた。

こんな作品をアジアで初めて紹介することができて、良かったと思う。
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(c)松嶋浩平
by smacks | 2005-03-18 23:55 | ■TIF05-チュニジア

成田でひとり

3月14日
お昼。アルカサバの芸術監督ジョージ・イブラヒムとTIFディレクター市村さんの会談をコーディネート。パークハイヤットの41Fのフレンチレストランでステーキを食べながら、ジョージが抱えてきた山のようなお土産をもらった。。。やっぱりこの人サンタクロースだ。今後のコラボレーションの展開について話すつもりだったが、大概のことは了解済みで、同じ目的を共有している我々に説明はほとんど必要なかった。
今日はIVPのゲストも3名到着。いよいよ国際フェスティバルらしくなってきた。
19時からの夜公演の後、せっかくいらしてくださった多くの知り合いの方々へのご挨拶もままならないまま、日暮里から京成線の最終で成田へ向かう。明日の早朝の出迎えのためだ。真夜中ちかく、ひとり成田空港そばのホテルにチェックイン。久しぶりに一人きりになった気がした・・・
by smacks | 2005-03-14 23:25 | ■TIF05-チュニジア

極私的チュニジア体験-その1.自動車学校のおっさん

今度のTIFでパレスチナの新作とともに制作を担当しているチュニジアの作品「ジュヌン-狂気」の話をすると、「っていうかチュニジアってどこ?」と返されることが多い。そりゃそうだよな・・・地中海とか、アラブ・イスラーム世界と接点のない人にとっては、チュニジアは国が存在していることさえ認知されていない危険性大だ。(サッカーではたまに日本チームと対戦するので知っている人もいるかも)
筆者にとってチュニジアとのはじめての接点は、フランス留学中に通っていた自動車学校(というよりは自動車の運転を教える個人経営の事務所)の教官のおっさん。筆記試験に無事合格し、いざ実技。おっさんが運転する車(ルノーのクリオだった)で郊外まで行き、そこで「じゃあ運転してみろ」と言われて、いきなり路上で運転させられたことは今でも忘れられない。しかも3レッスン後には高速道路を走っていた。ともあれハンドルを握りながら世間話がてらそれぞれのお国の話をするのは結構楽しかった。(大丈夫、人はひいてません。でも結局免許は取れなかった)
当時は自分自身があまりにフランスという多様性尊重の国に馴染んでいたため、おっさんが「バカンスは祖国(チュニジア)に帰るんだ、両親が待ってる」と言うまで、彼がチュニジア人であることには全く気がつかなかったし、意識もしていなかった。小柄で色がちょっと浅黒くて毛の濃いおっさんは、南仏にもブルターニュにもゴロゴロいるし。。チュニスか・・チュニジアかあ・・・クラブメッドが大量に流す楽園チュニジアのイメージと、旧宗主国であるフランスが大量に受け入れる難民・移民たちが形成する独特のアラブコミュニティ。その二つは私の頭の中で完全に乖離していた。またそこから深く考える機会もあまりなかった。どこまでも青く輝く地中海リゾートと、パリやリヨン郊外に広がるアラブコミュニティの貧困や少年犯罪。この全く接点のない2つのイメージを、まさか4年後現実として体験し、さらに5年後、ある芝居を通じて考えることになるとは、当時は予想だにしていなかったのだが・・・(続く)
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      ↑03年10月チュニス市内中心部で撮影。小パリ、チュニス。
by smacks | 2005-01-15 23:02 | ■TIF05-チュニジア

今日はチュニジアDAY♪

自ら「今日はチュニジアDAY♪」と言い聞かせ、先日ミラノで観たファーデル・ジャイビの作品「JUNUN- 狂気」のことだけ考えることにする。これまで出た山のような劇評を読みまくり、再びビデオを見、戯曲を読み返し・・・つまりはプレスシートを書かねばという義務感に駆られていただけの話なのだが、とにかく締め切りが迫っているときは自己暗示で乗り切るしかない。・・・なんて暗く孤独な日曜日だろうか。。
が、いざやりだすと、劇評はかなり手ごたえ大のものが多いし、作品や演出家の細かい背景を知れば知るほど面白くなってくる。脚本家ジャリラ・バッカールがインタビューの中で「チュニジアの若者にとってパレスチナ問題の影はあまりにも大きい」と語っている記事は、今後中東2公演をつなぐキーポイントになるだろうと確信。
by smacks | 2004-12-12 22:19 | ■TIF05-チュニジア

ミラノ出張3日目:食い物の恨みは恐ろしい


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9時半。昨日の舞台を踏まえて、何とか技術的な問題を解決するため演出家ファーデル・ジャイビ(写真:左)、マネージャーのハビブさん(写真:右)と市村さんを交えてミーティングを開く。市村さんは観劇後即効ホテルに戻り、たて5メートルもあるカーテンがそのまま舞台の上に消える(つまりタッパが10メートル以上なければできない)仕組みをあれこれ試行錯誤していた。何しろパークタワーのタッパは8メートル。どんなにがんばってもカーテンを4メートルまで端折ってやるしかない・・・
あるいは歌舞伎スタイルで上下ではなく左右の開閉にするか・・・様々な妥協案が飛び交うなか、演出家は静かに抵抗し続ける。「そんな妥協をすれば、舞台のトータルな美と演出意図が全く違うものになってしまう」から「別の劇場でやりたい」。でも~いまさら無理です、ごめんなさい、の世界だ。
ただこれまでもスイスのバーゼル、アヴィニオン、カルタゴでもカーテンなしのバージョンをやっているので、照明などを使って別の演出が不可能なわけではない。結局長い話し合いの末、演出家は妥協よりも照明などを使う別の演出で勝負することを選んだ。とにかく話がまとまってお互いホッ。東京での再会を誓い合ってお別れする。

12時。ヘヴィな交渉の通訳で消費したエネルギーを補給すべく、市村さんと食事に。とりあえずふらふら歩いて見つけたレストランに入ろう、ということでたどり着いたサンマルコ寺院前のレストラン。地元の人でごった返し、ほぼ満席。さぞ美味しいから混んでいるのだろうと踏んで入ったのだが、狭すぎる店内でなんだか落ち着かず、サービスのレベルも低いのでいやな予感が襲ってくる。その、もやもやした予感的中、オーダーして即効出てきた料理は、まずい! っていうかこれ料理じゃない! ピッツァ・マルガリータを頼んだのに、出てきたのはいわゆるピザ・トースト。もっさりした分厚いパンにただチーズとトマトソースがかかってるだけじゃん! 市村さんの頼んだパスタサラダも、マカロニに市販のトマトソースをそのままかけたような代物で、3口と食べれたものでない。
しかもオーダーしたはずのカルパッチオはいつまでたっても出てこないし・・・っていうか絶対作ってないだろ、お前ら! 椅子の後ろにかけていた私のコートを地べたに落として踏んでも平然としてる定員に思わず「ざけんなバーカ」と言ってしまうほど、筆者の怒りは頂点に。っていうか食い物の恨みは恐ろしいぞ!
はじめは私の(空腹と怒りから来る)不機嫌ぶりにびくびくしていた市村さんも、流石にこの店のひどさには深く共感。仕切りなおしに別のレストランへ移動することに。いや~久々に旅行地で悲惨な食体験をしてしまった。もしかして意地悪されたのかなあ? あんなに地元の人が多いのになぜこんなにまずいんだろう。別に格別安いわけでもないのだ。
気を取り直して数件先のレストランへ。ここはテーブルクロスはちゃんと布だし、店員は英語もフランス語もいけるし、もう雲泥の差。値段だってそれほど違わないのに、なぜこんなにレベルが違うのか、謎としかいい様がない。
念願の牛肉とルッコラのカルパッチオとペペロンチーノを平らげ、ようやく気持ちもお腹も落ち着いた。っていうか、食い物の恨みは本当に恐ろしいのだ! 

ともかくこれでミラノ出張1・5日の任務完了。空港で市村さんと別れ、パリに向かった。
by smacks | 2004-12-04 17:35 | ■TIF05-チュニジア


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