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日々の仕事のこと、観劇・鑑賞記録、出張報告など、国内外の舞台芸術を中心としたアートおよびアートマネジメント全般がテーマです。
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カテゴリ:■アヴィニオン05-06( 15 )

8月18日:Camo-cafe Vol.3 アヴィニョン 無事終了

「Camo-Cafe Vol.3 アヴィニョン・フェスティバルを振り返る」無事に終了。
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まずレポーターになってくれた、若手のスタッフのみんなに、多謝。「アヴィニョンではボランティアはいない。どんな職種の人間も最低賃金は受け取っている」という衝撃の事実がアヴィニョン・フェスティバルの広報担当者の口から明らかになって、一同絶句。思わず、すみませんと謝ってしまったが・・・お金の代わりに次のステップを用意することができれば、少しは免罪になるかと自分に言い聞かせ。。。これからもどうぞよろしく。

また今回のアヴィニョンをプロデューサー、スタッフ、アーティスト、観客として知り尽くした濃い人々が集まってのトークは、敢えて予定調和な終わり方を避け、アヴィニョンをひとつのレフェランスとしながらも、日本の問題に照射した中身のある議論になったと思う。敢えて無駄と思われるほど多い情報を、トークや映像、当日配布の資料であたえることで、個々人が個々人なりにフェスティバルやアート、社会について考える素材を持ち帰ってくれればと思う。予定調和な議論を聞いて何か分かったり勉強になったような気になって岐路について欲しくない。この、蒸し暑く、狭く、いかにもお金のなさそうなカフェで身体的な苦痛を伴いながら集まることの意義は、おそらく、もっと野性的な本能で「ものを考える」訓練なのではないかと。だから終了後の打ち上げで朝まで若いスタッフやアーティストたちが議論を続けていることが、また次のCamo-Cafeの展開を用意しているのだと感じた。

また次回も企画が固まり次第お知らせします。
by smacks | 2006-08-19 18:10 | ■アヴィニオン05-06

8月8日:camo-Cafe Vol.3 【レポート企画】アヴィニョン!

続いて、こんなCamo-Cafeです。
前回の反省をもとに、定員50名でお申し込みを締め切りますので、
ご興味がおありの方は、ぜひ早めにご予約をお願いいたします。

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■にしすがも創造舎 Camo-Cafe Vol.3

【レポート企画】第60回アヴィニョン・フェスティバルを振り返る!

2006年8月18日(金)19時スタート
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「世界でもっとも有名な演劇祭」の一つとして60年の長い歴史を持ち、
常に舞台芸術を巡るさまざまな伝説や論争の舞台となってきたフランスの
アヴィニョン・フェスティバル。世界の演劇・ダンスの潮流を作りだし、
作品・人・情報の交流と論争の場として、常に多くの関係者・観客が訪れる、
まさに世界最大級の舞台芸術の震源地です。

今回のCamo-Cafeでは、7月に開催されたアヴィニョン・フェスティバルに
アーティスト、スタッフ、観客として参加した方々をお招き、
それぞれの立場から体験したアヴィニョンを映像やトークで振り返ります。

ゲストには、今回のアヴィニョンでオープニングを飾ったジョゼフ・ナジ振付・
演出・出演『遊*Asobu』、平田オリザ作、フレデリック・フィスバック演出
『ソウル市民』の2作品を共同制作した世田谷パブリックシアターの
プログラム・ディレクター、松井憲太郎さん、
毎年アヴィニョン演劇祭で30ちかい作品を観劇し分析するアヴィニョンの達人、
早稲田大学助教授・藤井慎太郎さんをお迎えします。

また、上記2作品に役者・ダンサーとして参加された日本人の出演者の方々も
遊びにいらっしゃる予定です。

さらには今年のアヴィニョンを初めて訪れた東京国際芸術祭の若手スタッフの
新鮮な眼差しによるフェスティバル・レポートあり、今回のアヴィニョンで
話題を呼んだスイスの若手演出家シュテファン・ケーギ率いるレミニ・プロトコ
ルのプロジェクト映像あり・・・盛りだくさんの一夜です。

日本にもこんな演劇祭があったらなあ・・・という切ない羨望も込めつつ、
国際的なフェスティバルの意義や役割について、率直な意見交換も行います。

Camo-Cafeならでは、南仏プロヴァンス風ドリンク付き。ぜひお運び下さい!

 
■Camo-Cafeトーク■
ゲストトーカー:
松井憲太郎(世田谷パブリックシアター プログラム・ディレクター)
藤井慎太郎 (早稲田大学文学部 助教授) 
ホストトーカー:
相馬千秋(ANJ/東京国際芸術祭 国際プログラム担当)
レポーター:
東京国際芸術祭の若手スタッフたち


■Camo-Cafe 上映予定作品■
アヴィニョン演劇祭で話題を呼んだ作品の映像の一部を、
抜粋でお見せします!
『カーゴ・ソフィア』 『ミネモ・パーク』 ほか
by シュテファン・ケーギ (レミニ・プロトコル)ほか

■Camo-Cafeメニュー■
南フランス産ワイン、パスティス(リカール) 
シャルトルーズ(アヴィニョン郊外の修道院がつくったリキュール) 
etc. 各300円 

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開催概要

▼日 時: 2006年8月18日(金)19時スタート
▼会 場: にしすがも創造舎 Camo-Cafe(校舎2Fサロン)
地図 http://sozosha.anj.or.jp/map/  
▼入場料: 1000円(1ドリンク付)

▼申込方法: http://anj.or.jpよりお申込フォームへアクセス
*定員50名になり次第締め切らせていただきますので、お早めにご予約下さい。
また、ご予約なしで当日いらっしゃるお客様にはお席をご案内できない場合が
ございますので、必ず事前にご予約いただきますよう、お願い致します。

▼お問合せ: NPO法人アートネットワーク・ジャパン 
tel : 03-5961-5200  fax : 03-5961-5207
t-takeda@anj.or.jp (担当:武田)

主催/NPO法人アートネットワーク・ジャパン
協賛/松下電器産業株式会社

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次回予告! 

Camo-Caf・Vol.4 【続・緊急企画】
ベイルート、真夏の夜の(悪)夢は続く- レバノンに捧ぐ短編映像作品上映&トーク

近日中にhttp://anj.or.jp にて詳細を発表致します。こちらもお楽しみに!
by smacks | 2006-08-08 03:24 | ■アヴィニオン05-06

アヴィニョン演劇祭レポート②-7月15日

7月15日。朝は自然と8時きっかりに目が覚める。近くの教会の鐘の音が響く。非常に体調がよい。日本にいるときより圧倒的に睡眠時間が少ないのに、まったく身体が疲労していない。体にストレスがない。冷房から解放され、全身の血液が循環するだけで、ここまで身体が軽やかになり、頭も冴えるとは。老後は必ずや地中海性気候のどこかで暮らすことを心に誓う。

午前中はひたすらメールのやりとり、午後はMTをいくつかこなす。そうしている間に、豪雨が襲う。そう、今年のアヴィニョンは、猛暑なのに、ときおりの豪雨。という厳しい環境に泣かされている。あまりの猛烈な雨に屈し、スーパーで6.9ユーロもするへなちょこな折りたたみ傘を購入する。日本の100円ショップの傘を売れば儲かるだろうに・・・

■Marcial di Fonzo Bo (アルゼンチン・フランス) & Theatre des Lucioles - La Tour de la Defence
@ Gymnase du Lycee Mistral -19h00

アルゼンチンの劇作家コピ、ことRaul Damonte Botana という劇作家をご存知だろうか。私は知らなかった。ブエノス・アイレスに生まれ、63年よりパリに暮らした彼は、ヌーヴェル・オプセルヴァトゥールにデッサンを掲載していた画家でもあり、フランス語で戯曲を書いた作家でもあった。フランス演劇界ではマイナーな存在だったようだが、今回のアヴィニョンで一躍知名度アップの感あり。彼の2作品を演出したのが、やはりアルゼンチン出身でフランスで活躍する若手演出家、マルシアル・ディ・フォンゾ・ボ。前評判が非常によかったので、急遽見に行くことにしたが、これが噂どうりパンチの効いた舞台だった。フランス演劇界の優等生演出家たちにはない、軽やかにしてタチの悪いノリと、破壊力。ややフォルクス・ビューネをも彷彿とさせる演出。
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© Christophe Raynaud de Lage


■Bartabas (フランス) - Battuta
@Chapiteau domaine de Roberty, Le pontet 22h00 -

昨年日本に招聘されていたときは、あまりのチケットの値段の高さに軽くボイコットしていたジンガロ。いつかフランスでその10分の1の値段で観れればいいや、と思っていたのだが、早速その機会がやってきた。しかもなぜかフェスティバルが招待してくれたとてもよい席。
アヴィニオン郊外の、競馬場とおぼしき広大な敷地に、円形の巨大なテント。そのシチュエーションだけでもとてもわくわくさせられる。ジンガロを毎回見ている方いわく「最近は客ウケの悪い、もったいぶった演出が多かった」というジンガロ。しかし今日の舞台は、120パーセント、ジプシー文化全開。一瞬の躊躇いももったいぶった演出もなく、超楽しい。超すごい。ものすごいスピード感と、ありえないほどすごい技。馬は、出てくるは、出てくるは、50頭くらいは出演したのでは。こんなものを小さい頃に見せられてしまったら、軽く人生は変わってしまうだろう・・・すでに大人でよかったあ。
1500人くらいの円形テントに集まった観客も高揚し、地響きのような拍手や足踏みで喜ぶ。夏の素敵なおもひで。

■フェスティバル・バー
今年のアヴィニオンのフェスティバル関係者用のバーは、なんとなく和風テイスト?バンブーに提灯。結局、昨日に引き続き、3時過ぎまでだらだらと。日本人の若い子達も大集合。↓はフェスティバル・バーの会場となっている体育館のプールの、中。なぜか誰もいませんが普段は人であふれている。
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by smacks | 2006-07-27 03:06 | ■アヴィニオン05-06

アヴィニョン演劇祭レポート① - 7月14日

お待たせしました。今日から、レバノン情勢と平行して、アヴィニョン演劇祭のレポートも、少しづつ、日を追って掲載していきます。まずは到着した初日から。
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朝7時20分のTGVにのり、アヴィニオンへ。プロバンスの日差しは、昨年にもまして強烈。今年は猛暑らしい。焦げる。

市内に借りたアパートの大家さんに部屋を渡してもらったり、フェスティバル・オフィスでチケットの引き換えをしたり、到着初日のあれこれをしている間に、すでに3人もの知り合い(海外の同業者、大学院時代の友人など)に道でばったり会う。恐るべし狭さアヴィニオン。

■シュテファン・ケーギ(スイス) Mnemopark
 @ Salle benoit XII 15h00-

ここ2年くらいドイツ語圏の演劇に詳しい人々から噂を聞き続けてきたスイス人アーティスト、シュテファン・ケーギ率いるレミニ・プロコール。昨日のル・モンドの劇評でも大絶賛されていて、いやがおうでも期待高まる。彼の作品をはじめてフランス語字幕つきで(実際にはパフォーマンスの大部分がフランス語のナレーションに変更されていた)観れる絶好の機会到来ということで、今回のアヴィニオン訪問のメインの目的の一つにしていた。舞台に登場するのは、プロの役者どころか、演劇やアートとは一切関係のない、おじいちゃん、おばあちゃん。スイスという国・地域を舞台全体に出現させる装置として、ミニチュアのスイスのうえを、ミニチュアの線路が覆い、ミニチュアの列車が走る。実は、パフォーマーの方々はミニチュア作りのプロ。走り回る列車に取り付けられたカメラが風景を切り取り、そのリアルであると同時に虚構である映像が、パフォーマーたちの愉快な存在感や個人史によってさらにデフォルメされ、スイスという国の社会的・経済的・文化的・政治的・・・さまざまなドキュメンタリーとして立ち上がる。なるほど。↓はパフォーマンス終了後に舞台上のミニチュアを堪能する観客たち。
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■アルチュール・ノジシエル(フランス) Combat de Negre et de chiens
 @ Gymnase Aubanal 18h00-

ベルナール=マリー・コルテスの戯曲「黒人と犬の闘い」を、仏若手演出家アルチュール・ノジシエルが演出。ありえないほど暑い場内で、明らかに消防法無視して観客を入れすぎの客席から、このまったりとした舞台を2時間30分見るのは、体力的に非常につらかったが、10間以上あるに違いない広い間口の舞台空間を見事に使い切りった、シンプルだが奥深い演出はなかなかのものだった。アルチュール・ノジシエルが数ヶ月アメリカ・アトランタに滞在してアメリカの俳優たちとつくった舞台は、すでに4年の歳月が経っていることもあり、よい感じに熟成していたと思う。芝居の後本人と話したところ、アトランタでの反応は非常に微妙で、最初は白人ばかりの客席が、終盤には黒人ばかりになった、と言っていた。「悪いのは白人、黒人は犠牲者」という、それはそれで単純なシェーマから完全に逸脱した複雑なコルテスの戯曲を、今、アメリカやフランスで上演することの意味を、もっときちんと咀嚼できるように、事前に戯曲を読んでいけばよかったという後悔は後の祭り。(もっとも日本語には翻訳されていないらしい)


■ピーター・ブルック(フランス) Sizwe Banzi est mort  
 @Ecole de la Trillade 23h00-

23時からの芝居。しかも、アヴィニオン郊外の学校の中庭の野外ステージ。往復で2,1ユーロのFestibus (フェスティバル専用バス)にのって。当然、列をつくるとか、順番に待つという概念のないフランス。仕切りの悪さ、手際の悪さには辟易とするものの、それでもなぜか無事に芝居は始まってしまうところがフランス。もう慣れたけど。
御歳81歳のピーター・ブルックが、アヴィニオンで発表する4つ目の作品として選んだのは、70年代に南アフリカの白人+黒人の作家によって書かれた戯曲。当然、アパルトヘイトが背景にある。相変わらず何もない空間に粗末な小道具だけで、良く芝居が成り立っている。2人の黒人の役者は、なんかお笑い芸人みたいな胡散臭さがあり。
by smacks | 2006-07-25 23:36 | ■アヴィニオン05-06

アヴィニオン演劇祭2005を振り返って

7月23日付けのル・モンド紙に、次のような記事が掲載されていた。
「22日夜、文化大臣ルノー・ドンデュー・ド・バブルは、アヴィニオン演劇祭を追跡している全国紙のジャーナリストらを異例の招集、複数の公演で見受けられた「暴力的表現」や、演劇祭と銘打っていながら演劇よりダンスや間領域的表現に偏っていると批判されているプログラムについて意見交換を行った。」「文化省は演劇祭の芸術的選択やその独立性について一切介入することはない、としながらも、2006年のアヴィニオン演劇祭60周年に向けて緊密に連絡を取り合うだろう、とコメントした。」

とうとう文化大臣までが介入してきた今回のアヴィニオン。新聞各紙が連日、辛口の酷評を掲載し、論争が巻き起こっていることは知っていたが・・・今年のアヴィニオンに対する評価は極めて厳しいものとなった。
誰が何をしても議論の的になってしまう論争の国、フランス。その中でももっともウルサイのが知識人とか演劇人だし、ことフランス最大の演劇祭アヴィニオンとなると毎年容赦のない論争の餌食になるのは当然のことではなるが。
では、これらの批判の根拠はどんなところにあったのだろうか。筆者の私見も交えながら批判のポイントを整理し、遅ればせながら今年のアヴィニオンを振り返ってみたい。
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(c)Luca Del Pia / ロメオ・カステルッチ

■ダンス寄り、テキストが不在でプログラムが偏っている、という批判
アヴィニオンが始まる当初から、今回のプログラムはかなりダンス寄りであることは指摘されていた。アソシエート・アーティストであるヤン・ファーブルはそもそも、フランスでは「劇作家・演出家」ではなく「美術家もやってる振付家」と認識されていることもあり、プログラムが発表されたときは予想の範囲内、という反応に留まっていた。
ところが、実際フェスティバルが進展するにつれ、演劇関係者や観客が騒ぎ出した。フェスティバルのメイン会場であり、その年のアヴィニオン演劇祭の象徴的作品・作家に捧げられる教皇庁特設会場Cours d’Honneur du Palais des Papes (直訳すると教皇庁の「栄誉」会場!)に、演劇がない。戯曲がない。ファーブル2作品「Histoire des Larmes 涙の物語」「Je suis sang 私は血」はセリフ付きのダンス、マチルド・モニエ「兄妹」はザ・コンテンポラリー・ダンス、そして最後を飾ったのはJean-Louis Trintignant によるアポリネールの詩の朗誦。
演劇がない! もともと「演劇祭」であるはずのアヴィニオンのメインに演劇がないことを、演劇関係者は大声で叫び始めた。
昨年から新しいディレクションになりアソシエート・アーティストを置き始めたとき、ヤン・ファーブル、ジョゼフ・ナジと2年連続で振付家がアヴィニオンのメインを飾ることは分っていたことなのに、実際そうなると抵抗勢力は危機感を募らせた。
確かに観客は演劇ともダンスともつかない作品の前で、あるいはダンスとも美術ともつかない作品の前で、「いったいこれは何なの?」という思いで会場を後にすることが多かっただろう。演劇といえばちゃんとした戯曲があって、演出家がいて、役者がいて、古今東西の演出の差異をあーだこーだと議論するのが演劇関係者のある種特権的な悦楽である今日、その「言葉の芸術が持つ特権的な力」に敢えて揺さぶりをかけようとした今回のプログラムそのものは、非常に果敢な選択だったと筆者は思っている。しかし問題は、そこで披露された作品、しかもその多くが新作だったため、「え?」という肩透かしをくらわされた観客や演劇関係者が、それみたことかと激しい反逆に出たこと、なんだろう。
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(c)Luca Del Pia / ロメオ・カステルッチ

■ 暴力的、性的・・・「ノワール」な表現が多すぎる、という批判
ヤン・ファーブル、ヴィム・ヴァンデケイビュス、ロメオ・カステルッチ、ジゼル・ヴィエンヌ、筆者は観られなかったがトーマス・オスターマイヤーの最新作(サラ・ケイン脚本の「Blasted(爆破されて)」)など、暴力的、残酷、性的、魔術的・・・何か尋常ならざる世界観が堂々と提示されていることに、ある種の嫌悪感を示したのは、フィガロなど保守的な新聞。 確かに、全体的な傾向として、子供には積極的に見せられない残酷シーン、性的シーン、あるいは変態シーンは多かったと思うし、80パーセント近い確率でダンサーや役者が全裸になっていた。しかし残酷なのも変態なのも、畢竟我々の生きる現代社会の反映である以上当然受け入れざる得ないことだろうし、フェスティバル側もわざわざも狙ってプログラムしたわけではないので、あとは嗜好とか免疫の問題だと思うのだが。が、確かに今年の「エログロ」傾向の過激さは、一般の観客には相当ハードだったことも事実。少なくとも日本の公共ホールでは招聘不可能なレベル。しかし、地球で起こっている現実はもっと残酷で暴力的なのだよ、と筆者は思う。そういった人類の「ノワール」な部分から目を背けたい、少なくとも舞台では見たくない、という観客にも問題意識を共有してもらえるような作品としての強度や本当の美しさを、今回のアヴィニオンは充分に持ちえたか、といことをむしろ問題として議論していくべきではないだろうか。
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(c)Philippe Delacroix / 「私は血」 by ヤン・ファーブル

■「コケた」新作が多すぎ、という批判
そして今回のアヴィニオンでは、「フェスティバルで紹介される全作品の5分の4が、プログラミングの時点ではまた初演されていなった極めて新しい作品で、また全作品の半分が、アヴィニオン演劇祭の(コ)プロデュースによる新作」という大胆な賭けが、結果として裏目に出てしまった。どう贔屓目に見ても見事に「コケた」作品が複数あったことは事実。それはフェスティバル・ディレクターのヴァンサン・ボードリエ自身が認めているところだ。しかし既に出来上がった美しいものを買ってくるだけなら誰にでも出来ることで、世界に先駆けて新作を創作し、それを普及するということに重きを置いた今回のアヴィニオン、決して方向性は間違っていないと思う。少なくともそのような大胆な賭けができる世界でも数少ない演劇祭であり続けることが、アヴィニオンがアヴィニオンたる所以なのではないだろうか。
ただし観客や批評家たちはそんなことは無関係に、作品そのものを観てアヴィニオンを切っていくので、やはり作品という最終的なアウトプットは大切だ。その点が弱かったと言われても反論は出来ないだろう。あとは個々のアーティストの問題でもあるのだが、アーティスト側としても、プレスに自分の作品が「最低の作品」って書かれたら普通へこむよなあ・・・ジャーナリストも署名つきでよくまあそこまで辛らつに書けるものだ。このように、創る側も批評する側も自分の職業生命をかけて戦っている戦闘の最前線、それがアヴィニオンであり、それがこの小さな地方都市を舞台に繰り広げられる白熱の論争の原動力であることは確かだろう。
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(c)Marc Domage / クリスチャン・リゾー
by smacks | 2005-08-06 23:15 | ■アヴィニオン05-06

アヴィニオンを発つ

眠ること1時間半。朝6時にホテルを出て、TGV駅へ。朝焼けがキレイだなあ。そこからパリの空港へ一直線・・・
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・・・爆睡。気がついたらもうシャルル・ドゴール空港でした。出発の3時間前にチェックインしたにも関わらず通路側の席が取れないと言われ唖然。3時間前に来たのにそれはひどいんじゃないの? と軽く、しかし表現力豊かに(?)文句を言っておいたら、その2時間後、場内アナウンスで呼び出され、なんとビジネスクラスにアップグレードしてもらえることに。とにかく文句は言ってみるものですね~
by smacks | 2005-07-22 23:42 | ■アヴィニオン05-06

アヴィニオン6日目

7月21日
今日がアヴィニオン最終日。

■ Une belle enfant blonde ブロンドの美しい少女
by Gisele Vienne ジゼル・ヴィエンヌ
@Chapelle des Penitents blancs ペニタン・ブラン教会 15:30~

1776年生まれだからまだ20代後半のフランス人女性アーティスト。大学で哲学を専攻後、フランス国立高等マリオネット学校卒、という学歴が示すとおり人形使いでもある。客入れ時より舞台には10体ほどの美しい少女たち(いずれも上品で清楚な服装をした、初潮を迎える直前くらいの年齢に見える)人形が置かれており、不気味かつエロティック。そんな舞台に静内に登場する謎の人物たち―薄ピンクの衣装を脱ぎ捨てて全裸で踊り始める北欧系の若い女性、(一歩間違うと日本のお耽美系少女マンガに出てきそうな?)長身長髪美形で首に鎖のあとのついた謎の美青年、彼ら二人に命令を下し自らの性的過去を赤裸々に語り始める熟年の女主人(テキストはデニス・クーパーとカソリーヌ・ロブ=グリエ(あのアラン・ロブ=グリエの奥様?))・・・かなり紙一重の欲望とファンタスムの世界。人形たちはその禁断の現場に沈黙のまま居合わせるだけだ。マリオネットは通常操られることで生命を吹き込まれ舞台上に存在し始めるものだが、ジゼル・ヴィエンヌの舞台では、人形はそこに居るだけで、恐ろしいほどの存在感をかもし出し、また動く(動かされる)必然性が一切ない。
こんな舞台は初めて見た。社会性などは一切ないが、個人(しかし同時に多くの人々の)の倒錯のファンタスムをここまで鮮烈に舞台に上げ問いかけるという同い年の女性アーティストの作業に不思議とひきつけられてしまった。テキストや演出などケチをつけようと思えばいくらでもつけられるが、なにかとても大きなポテンシャルというか異常な何かを感じる舞台だった。
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(c)Philippe Munda

出口で、早稲田の藤井さんと、フランス人演出家の友人ジャン=リュックと感想を述べ合っていたところ、フランスのテレビ局のクルーが寄ってきて、一人ひとりインタビューされる状態に。藤井さんは結構肯定的かつ分析的な意見を述べられた後で、ジャン=リュック君は「最悪だ。ひどい。よいところがない。」とバッサリ。筆者は、今回のフェスティバル全体の傾向として、こういうアーティスト個人の閉ざされた内的世界、イマジネーションの世界(ときに倒錯、ときに残酷、ときにグロテスク、ときに耽美、ときにエロい、などなど、嗜好が大きく分かれることは必死)が舞台上で延々と表現されるとき、観客はその世界とどう向き合うか、好きと受け入れるか、嫌いと拒絶するかを試されているような、そんな舞台が多く、このジゼル・ヴィエンヌの舞台もその好例だと思う、と言った。(と同時に、「私はこんな倒錯の世界が好きです」なんて大手振って喜ぶ奴が目の前にいたらいやだが)。テレビクルーも、こういった「好き」「嫌い」という二極分化の反応をキャッチするために出口で待ち受けていたのだろう。アーティストの提出する極めて個人的でオリジナルな世界観と、そこから提起される大きなテーマ性(「死」、「愛」、「美」、といった西洋形而上学的な大テーマに通じる)を、どのように批評家は切っていくのか、今後でる劇評が極めて楽しみな舞台であったことは間違いない。


■Frere et Soeur 兄妹
by Mathilde Monnier マチルド・モニエ 
@ Cour D'honneur du Palais des Paptes 教皇庁特設会場 (↓)
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マチルド・モニエは94年よりモンペリエの国立振付センターの芸術監督を務めている、ヌーベルダンス以降の中堅振付家といった位置づけだろうか。この新作に対するフランス・ヨーロッパのダンス界の期待は、異様なものがあった。コ・プロデュースを組んでいる機関だけを見ても、アヴィニオン演劇祭、モンペリエ・ダンス、フェスティバル・ドートンヌベルリン・タンツオーガスト、などなど早々たるフェスティバルが名を連ねているのだ。つまり、この新作には、フランスやドイツの公共のお金がふんだんに投資されていることになる。
そしてその期待をものの見事に裏切ったのが、今日の舞台だった。アヴィニオン演劇祭で最も栄誉ある舞台、教皇庁の中庭特設会場でこんなものを観るとは! 何がどうひどいかというと、振付になっていない、演出になっていない、コメントのしようがないほど作品として何も提示されていない。Frere et Soeur 、つまり兄弟・姉妹というタイトルなのだが、構成力も表現力も足りないので、そこで表現しようとしているストーリー、暴力性、愛情などもすべてがみみっちい。
一緒に観劇していた香港―パリで活動する演出家ジャン=リュックは、ほんとうに舞台に向かって大声で「金返せ~」と叫んでいました。それでも熱狂的に拍手をする観客もいたりして「マジ?」と思ってしまうのですが、当然次の日の新聞各社の劇評は、過激なまでの酷評っぷりで、安心安心。これを褒めてしまったら、フランス・ダンスにはマジで未来はないでしょう。
しかしこれからこの作品をパリやベルリンで回していく人々が背負う精神的・金銭的な負担を考えたとき、同業者としてはとても心が痛いのも事実だ。アヴィニオンで観た新作の多くが、かなり派手にコケてしまっている事実を前に、新作を作ることの恐ろしさを再確認せずにはいられない。それでも新作を作っているのだから偉いという説もあるが・・・しかし実際にフランスのダンス界で起こっていることは、全国に20つほどある国立ダンスセンターや国立振付センターの芸術監督として就任している振付家たちに課される新作創作の義務(通常毎年1本)化である。彼らはハコをもち、スタジオやオフィスを持ち、多くはフリーランス時代から自分をサポートしてくれるマネージメント・スタッフを雇用し、またダンサーたちを常時雇用あるいは短期雇用し、国や自治体からの予算をもらい、作品は国内や海外でぐるぐるとツアーを組まれ・・・そこまで(日本の振付家からすると夢のような)条件が整ったとき、アーティストはもはや創り続けることをやめられない状況におかれてしまう。贅沢な話ではあるが、肥料を与えすぎて根が腐ってしまう樹木のような状態にあることは、指摘されて久しい。

■Last Landscape ラスト・ランドスケープ
by Josef Nadj ジョゼフ・ナジ
@Chapelle du Lycee Saint-Joseph 聖ジョゼフ高校 シャペル

24時開演。既に眠い。舞台も全体的に静かで、暗い。基本的にいつものナジ路線そのままというか、ナジお得意の不思議ワールドが展開されていて、裏切らず。本人のソロ観れたのは何とも至福。生演奏もかっこよかったし。「無国籍風熟年オヤジ」(失礼!)の魅力満載でした。来年のアヴィニオン演劇祭のアソシエート・アーティストであるナジ。来年が楽しみだ。が、それにしても眠すぎる。ほとんど半分眠った状態でブラジルのリオデジャネイロのフェスティバル・ディレクターの方と最後のミーティングをこなし、フェスティバル・バーへ行ったのが朝2時近く。この時間帯が一番混雑しているので、ビールも買えず・・・眠すぎるため3時でギブアップ。とりあえずタクシーを駅前から拾って、ひとりホテルに戻って荷造りをした。
by smacks | 2005-07-21 23:47 | ■アヴィニオン05-06

アヴィニオン5日目

7月20日
今朝こそゆっくりと休もうと心に決めてホテルでゆっくりと朝食を取っていたら、携帯に電話が・・・うわあ午前中に予定していた打合せを思いっきり忘れていた!! ため、即効タクシーで市内へ。朝からまた走って体力を消耗してしまった・・

■ For Interieur フォー・インテリア
by Jan Fabreヤン・ファーブル
@Masion Jean Vilar ジャン・ビラール館
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このロケーション、この青空だけでもういいというほど素晴らしい場所。空間が良く生かされている展示はおなじみジェローム・サンスによるキュレーション。ファーブル君の本業(といったら失礼かもしれないが)の美術作品も一堂に介し、とても見ごたえのある展示だった。ところであるベルギーの振付家から、ヤン・ファーブルはとてつもないお金持ちで、アントワープのお城に住んでいるという話を聞いたことがある。どんなものが置いてあるのだろう、怖いけど覗いてみたい。甲冑とか?いやただの虫とか? 

■L’empereur de la perte 敗北の皇帝
by Jan Fabre ヤン・ファーブル
@ Theatre Municipal 市立劇場
これが最悪の作品だった。脚本家、演出家としてのファーブルはもしかして最低なのかも知れないと本気で考えながら、1時間30分でギブアップ。一人芝居で役者はなかなかの演技だったため救われたが、そうでなければ最低最悪の作品だという劇評すら後日発見してしまった。なんということだ。金返せ状態。
筆者は昨年の春、パリ市立劇場のアベスで極めて素晴らしいファーブル振付作品を観たことがある。女性ダンサーのソロで、最初はややわざとらしい演出にじらされながらも、やがて舞台上から吊り下げられたオリーブオイルの瓶の蓋が開けられ、全裸になったダンサーがそのオイルの中を這いすべりながら激しく踊るという官能的で絶妙のセンスが光る舞台だった。あまりの傑作っぷりに、もう一度観たいとの思いを募らせていたところ、なんと2005-2006年のパリ市立劇場で再演が決まった。プログラムには赤字で「傑作の再演」と記されている。
とゆう傑作もあれば、新聞でけちょんけちょんに酷評される駄作も作ってくれるファーブル君。もしかして文章を書かないほうがいいのでは。。。いずれにしても、「ヤン・ファーブル・カンパニー」などは創設しないに越したことはないだろう。

■soit le puits etait profond, soit ils tombaient tres lentement, car ils eurent le temps de regarder tout autour.
Christian Rizzo クリスチャン・リゾー / Association Fragile アソシアシオン・フラジル
@Cloitre des carmes カルム修道院 

筆者のツボにがつーんとはまる、ダンスの極北とでも呼ぶべき舞台でした。ダンサーはもはや踊らない。しかしそれでいいのだ。耳障りと紙一重のドラム演奏が延々と夜空にこだまし、その騒音だけで立ち去る高齢者の観客多数。もともとロッカー&美術家&デザイナーでもあるクリスチャン・リゾーの考案した舞台装置はむちゃむちゃかっこよい! その空間の「穴」にはまるダンサーの身体や、ライト。ラディカルにいけている舞台に大満足。全く万人ウケはしないだろうけれど、筆者は「こういう作品が観たかった」のだ。

とても良い気分のまま、フェスティバル関係者の集うフェスティバル・バーへ。入場した頃には既に12時を回っていて公演を終えたパフォーマーや技術者が宴会モード。リセの体育館を使ったクラブでは、絶対どこかのカンパニーのプロのダンサーと思しき(あっち系の?)お兄さんたちがガンガン踊ってくれるので、それだけで陶酔。結局おひらきの朝3時まで踊り遊んでしまった。↓は、聖ジョゼフ高校の中庭を飾るしょんべん小僧くん(達)。
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by smacks | 2005-07-20 23:00 | ■アヴィニオン05-06

アヴィニオン4日目

7月19日
もともと日本で平均4時間ほどずれた生活を送っている筆者、ヨーロッパに来るといい感じで早寝早起きの人間になる。今日もばっちり7時に目が覚めてしまう。しかし、毎晩遅いので睡眠時間はどんどん減るばかり。毎日35度を超える暑さと日差しでちょっと疲労気味・・・なのですが、午前中からベルギーの関係者と打合せなど入り、全く忙しい。関係者の人々も午後からはパフォーマンスを見るため、午前中に鬼のようにミーティングを入れているのだ。。みんなたくましいなあ。。で、昼12時より観劇開始。

■Crescita XIII Avignon
By Romeo Castellucci ロメオ・カステルッチ / Societas Raffaello Sanzio
昨日と同じバス停から出発。バスに乗り込む際に名前とチケットをチェックされるので、ここからが公演の一環。そもそも会場名は明かされず。それで辿り着いた場所が、こちら。郊外の工場である。
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観客はバスに乗り込んだ30名ほど。しばらく炎天下で待たされた後、工場内に入る。工場で作業をする3名の労働者。何かを作っている。地べたに座りながらその様子を見入ること10分。作業は休み時間に入り、労働者の一人が昼食を食べる様子を見る。それから同じ工場内の別のスペースに案内され、高さ3メートル、2メートル四方くらいの白いボックスの前へ。このボックスの中に十字架にかけられた全身真っ黒のパフォーマーがいて、もう一人のパフォーマーが黒いペンキをぶちまける。しばし沈黙。それからまた先ほどの作業場へ。先ほど昼食をとっていた労働者がパトロンのいるガラス張りの2階の小部屋でなにやら2人の黒く妖しい衣装に身を包んだ女性と話し合っているのが見える。そして、話し合いが決裂したような瞬間、轟音とともに工場が揺れ始めた! 
・・・沈黙。これでパフォーマンスはおしまい。観客は再びバスに揺られて市内へ戻っていく。その瞬間はよく理解できないことが多く普段と違う情報をうまく処理できず戸惑ったが、後から振り返るとあまりのことでやけに印象に残っている作品。ロメオ・カステルッチ恐るべし。

■ERASE-E (X) 1, 2, 3
By Joji Inc.
@Jardin de la Vierge du Lycee Saint-Joseph 聖ジョゼフ高校 聖母庭園
もとローザスのダンサー、Johanne Saumier とセノグラファーのJim Clayburghによるユニット。早稲田の藤井さんに勧められて急遽観劇予定に入れてみた。これがとても良かった。ケースマイケルの振付を「消す」=「解体する」のがテーマ。ゴダールの「軽蔑」の一部をサウンドに引用し、ゴダールがブリジット・バルドーを通して描いた「気まぐれで、高貴で、ミステリアスな女性」像が、ケースマイケルの振付とともに、解体していく。これがとても絶妙で、ひざを打ってしまうほどの出来。恐るべしJoji Inc. 早速HPをチェック中。
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■Needlab
By Jean Lauwers / Need Company ニードカンパニー
@ Cloitre des celestins セレスタン修道院 
Needlab と銘打った、制作過程のものを見せちゃうソワレ。とりあえず、このノリにはついていけないとだけ言っておこう。今の30代以下の人にはきついんじゃないかな、このノリ・・・。2002年の日本公演を観ていないので何とも言えませんが。

とにかく朝から動きっぱなしで体力も限界に。アヴィニオンは体力勝負。気がつくと今日の公演はすべて野外だったし。仮設劇場の極めて狭く硬い座席、空調なしで3本は、かなり頑丈な筆者でも相当疲れた。
by smacks | 2005-07-19 23:45 | ■アヴィニオン05-06

アヴィニオン3日目

7月18日
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■<ヴィデオ・インスタレーション>
by Marina Abramovic マリーナ・アブラモヴィッチ
@Chapelle Saint Charles サン・シャルル教会(↑)

アブラモヴィッチのヴィデオ・インスタレーションを観る。今回のアヴィニオンではアブラモヴィッチのパフォーマンスもプログラムされていたが、日程的に観ることあたわず。残念だ。ヴィデオは75年~98年に制作されたものなので、回顧展などで見たことがあるものも結構あったが、玉葱を皮ごとバリバリ食べ涙を流す美女マリーナ・アブラモヴィッチの様子に目が離せず。

■L’insulte faite au paysage 風景への冒涜
by Jean-Michel Bruyere / LFK ジャン・ミシェル・ブルイエール / JFK
@Eglise des Celestins セレスタン教会

ジャン=ミシェル・ブルイエール。日本では知られているかどうか分らないが、フランスのアート界では極めて特殊な位置と評価を得ているアーティスト。(本人に会ったが、素敵なミドル・エイジの不良オヤジといった感じでした)3度目となるアヴィニオンでは、セレスタン教会の空間を使ったサイトスペシフィック展覧会×パフォーマンスとでも呼べばよいだろうか、公演時間は14時~18時、入場料は16ユーロ、展覧会としては高いが、公演としては安い、実際観客は4時間のパフォーマンスに立ち会ってもよいし、5分で出てきてもよい、というお得なのか大損なのかよく分らない形式のショーイングである。
ジャン=ミシェル・ブルイエールがセネガルで育てた若いパフォーマーたちが、まるで人形のようにじっとたたずんだまま、暗い教会の空間に浮かび上がる。オプレッシヴな音響や犬の鳴き声、アフリカの風景、若い黒人たちの争い、ウサギやウナギといった動物の剥製、教会の地中(墓穴)に横たわってこちらを見つめる女性のパフォーマー。かなり異色。
ちなみに今年のアヴィニオンで見られるはずだったもう一つの作品Si Pteris Narrare, Licet というドーム型の巨大インスタレーションは、消防がらみの問題でキャンセルとなったそうだ。映像で見る限り凄い作品なので、絶対観たかったのだが。これも残念。

昨日道端でばったり会った青年団の制作、松尾さんとその未来の奥様(!)、早稲田大学の演劇・映像専修の藤井さんと、弘前劇場の長谷川さん、という日本の演劇界のこゆい人々と、マグレブ(北アフリカ)料理を食べに。鶏肉のタジーンをたいらげた後で、3口食べるとお腹が一杯になってしまう超小食の長谷川さんが残した子羊串焼きのクスクスを奪って食べ、超満腹&満足。

■ PUUR ピュア
by Wim Vandekeybus / ヴィム・ヴァンデケイビュス
@Carriere de Boulbon ブルボン石切場
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アヴィニオン駅前からバスに揺られること20分。Carriere de Boulbon ブルボン石切場。演劇史の先生である藤井さんの解説で、ここがピーター・ブルックの「マハーバーラタ」の伝説的公演会場であったことを知る。まわりは、見渡す限りプロヴァンスの野山が広がり、周囲、何もなし。遭難したら大変です。こんなところでも500人を迎える立派な劇場が出来るのだ。ちょっと感激。美味しいカフェも2杯飲んで、いざ観劇。
ヴァンデケイビュスの新作「ピュア」。世界初演は先日5月末のシンガポール、そしてMODAFEのソウルへ回り、東京には寄らずヨーロッパにやってきた作品。ヴィムさんちの超踊れるダンサーたちは次々と観客がひやひやするような荒業をやってのけ、生まれたばかりの赤ん坊や幼い子供たちをテーマにした映像は時に残酷、時に新鮮、懲りすぎた細部の雑多な要素がうまく絡み合わず、何を言いたいのか見えない、典型的な失敗作。それが2時間続くのはやや辛かった。決めるところだけ決めようとして「小手先」感が出てしまうなんて、こういう中堅以上の振付家にはなかなか許されないことでは? 事実、既にこの作品についての劇評を読んでいた藤井さんには、「やはり駄目だったか」と失笑されてました。でも、石切場からみるプロヴァンスの夜空は最高だったので、まあいいか。
by smacks | 2005-07-18 23:25 | ■アヴィニオン05-06


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