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日々の仕事のこと、観劇・鑑賞記録、出張報告など、国内外の舞台芸術を中心としたアートおよびアートマネジメント全般がテーマです。
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東郷神社の骨董市&横浜散策

5月1日。
気がつけば最終日。今回こそお土産を買わないと、家族や部下に何を言われるか・・・と心配するボナンさんと、朝早くから原宿の東郷神社の骨董市へ。安っぽいお土産を買うなら、ここで中古の骨董を買ったほうが確かにフランス人には喜ばれそう、古着の着物や小物、浮世絵、昭和ものまで何でも揃う。なんと1万円の純白鶴の打掛(お嫁さんが着る純白の着物)を購入、セカンドハウスの日本風客間にデコレーションとして使うそうだ。。よかった、本人が着たいわけじゃあないのね。
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お昼は帝国ホテルに戻り、佐賀のメセナ協議会の方々とのランチ・ミーティングにお付き合い。ボナンさん、日本全国に顔が広いなあ。
それから横浜へ。BankArt1929でニッセイの吉本さん、館長の岡崎さん、それから横浜市の職員の方と合流。たった2年半という期間限定つきの「実験事業」と位置づけられたBankArt 、その成り立ちや事業についての説明を聞くうちに、ボナンさんもだんだん熱くなってきて、議論白熱。ナントでは(というかフランスでは一般的に)、文化事業のサイクルは6年を1タームとし、3年目の終わった段階で中間評価をし、問題があれば軌道修正をする。結果というのは6年くらいやらないと出ないのだがら、BankArt がたった2年半で結果を求められていることに、ボナンさん信じられないといった表情。横浜市が自慢げに語る、NPOへの支援、つまりアーティストと文化政策を繋ぐインターメディアリーな立場な組織への直接支援。これはナント市の文化政策の大前提だそうです。
それからボナンさん本人の経歴も例としながら、実際どういう人材が求められているのかという
例えばボナンさん、ナント市の文化局長に抜擢される前は、公立劇場のディレクターだった。劇場やアートセンターなど、公立の文化施設のトップにはどういう人材が相応しいか? その4つの条件をまとめてみよう。
①アーティストではない人。しかし常にアーティストの側に立ち、アーティストのアイディアやビジョンを共有し、社会化できる人。(アーティストは芸術面でのトップに立つことはあっても、全体のトップにたつことはない)
②議員や公務員でない人。彼らは市民の意向をくみ上げる政策の立案者・遂行者であるが、アートの現場には関わってはいけない。なぜならアートの現場はプロの台所だから、プロじゃない人間が入ると怪我をします。要注意。
③単なる企業の経営者ではない人。アートの評価は単なる利益追求ではないので、別の評価軸をもってアートの意味を信じていないと、それは単なるエンターテイメント施設になってしまう。
④上記3つの必要最低条件を満たし、社会とアートのメディウム、つまり繋ぎ手として、アーティストとの共同作業、プログラム立案、資金調達、行政側との折衝、評価、経営がバランスを持って実行できる人。
当然といえば当然のことなのに、そういうレベルの人材が育つ現場がどれだけあるだろうか。また全国の多くの公共ホールや美術館で、こういった人材が実際にディレクターになれる可能性はどれほどあるのだろうか? 人材という、必要最低条件さえが用意されていない日本の公立の芸術文化施設。また、こうしてトップにたつ人材が自分のチームを引き連れて文化施設の運営にあたる・・・それって指定管理者制度で可能になるはずだったことでは? しかし全国の指定管理者制度で、芸術的ディレクションを明確に持つチームが勝ち残った事例はひとつもない。既存の財団か、ビルメンテナンス会社がパイを分け合っている。あざみ野市民ギャラリーだって横浜市芸術文化財団が最終的な受託者となったし~~ ああなんかいやな思い出が蘇ってきたなあ・・・(12月25日、1月13日のブログを御参照あれ)

そうこうしているうちに、奥様とデート中(!)の加藤種男さんも合流。最近できた日本郵船の倉庫を改造したBankArt別館へとむかう。↓入り口はみかんぐみによるこんなインスタレーション。すべてハンガーでできている。
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駆け足ながらも密度の濃い素敵な横浜散策となりました。
それから帝国ホテルに戻り、根本長兵衛さんとその奥様に合流。今日はなんだか素敵な熟年カップルにばかりお会いして身に余る光栄~。。明日帰国してしまうボナンさんを囲んでのお別れディナー(?)に同席させていただく。根本さんの奥様から、フランス駐在時代の凄い話をいろいろと伺う。パリからローマへのお引越しに20トンのトラックに詰めて徹夜で運転した話とか(!)、奥様逞しすぎ! (ちなみに根本さんはそんな奥様に「ちょーさん」と呼ばれていました。)
フォル・ジュルネに戻り、最後の打ち上げに参加。最終入場者数は30万人を超え、来年も継続実施されることが決定、モーツアルトが選ばれた。予想どおりというべきか。
by smacks | 2005-05-01 23:46 | ■仏・ナント市関連
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