smacks dialy

日々の仕事のこと、観劇・鑑賞記録、出張報告など、国内外の舞台芸術を中心としたアートおよびアートマネジメント全般がテーマです。
by smacks
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ

ドキュメンタリー「壁」、再び

b0028579_21191326.jpg

シモーヌ・ビトン監督のドキュメンタリー「壁」を再び見る。TIF中東プラグラムのアドバイザーをお願いしている中堂幸政先生、TIF中東プログラムと共催を組む国際交流基金・公演課の金井課長もいらしてくださった。
前回はパレスチナに行く直前にパリで観たこのドキュメンタリー。実際の壁を見てしまった後となる今回、改めて静かな衝撃を覚えた。
実際、壁の現実はすさまじい。そしてこの作品の主役は「壁」そのものである。すべてのシーンに壁が映され、分離と隔離のオブセッションが視覚的に迫ってくる。が、そこにわざとらしい物語性は一切排除され、緻密に作られた効果的な音響が超現実的な現実をより立体化する。
ラストシーン。金のドームが見えるほどの距離にある東エルサレムの一角を、3メートル前後の「低め」の壁が無造作につっきっている。その壁を、買い物帰りの主婦や老人、学校に通う学生、子供連れの親が、よじ登り、超えてゆく。上空にはイスラエルの偵察ヘリが旋回しているが、人々は生活を続けるために壁を越えるのだ。その情景はユーモアさえ感じられる。どんな壁を作っても、越えてしまう人々の淡々とした生活。そこに、監督シモーヌ・ビトンのかすかな希望と強い抵抗を感じたのは私だけではないだろう。「(この映画は自分のユダヤ・アラブという2重アイデンティティの葛藤という意味だけでなく)レジスタンスの表明でもある。それが例えまったく勝ち目のない戦いだとしても―。この映画の中に登場人物が言っているように、絶望した人々は口をつぐむ。だが私は絶望していない。私は戦っている。そう、私が心底絶望したら、もう中東の映画は撮らないだろう。」(「壁」カタログに掲載された監督インタビューより訳出)

ラマッラー上映はもちろんアルカサバの協力のもと、実際に建設中の壁をスクリーンにして上映されたこの作品、日本では、来年秋に開催される山形国際ドキュメンタリー映画祭への出品を目指しているそうだ。山形が配給先となって、ぜひ日本全国の映画館や自主上映会で日本語字幕つきで観られる日が来ることをこころから願っている。

下記、監督シモーヌ・ビトンの許可を得て、パンフレットに掲載されている監督ノートを翻訳・掲載させていただく。

-------------------------

監督ノート

観客は一枚の白いページではない。彼らはこの国について、この戦争について、多くのことを知っている。彼らは自分の意見、時には実に明確な意見を持ち、必ずしも私の意見とは一致しない。
私は彼らを説得するため、あるいは彼らに議論をふきかけるためにこの映画を作ったわけではない。私はこの作品を、自分の感じたこと、自分の心から沸き出るものを彼らと共有し、自分に見えるものを彼らに語り、自分自身を彼らにさらけ出すために作ったのだ。

私が作品に収めた壁は、私自身の一部、つまり私の精神的、人間的人格の地平の一部である。壁はある意味、私たちの挫折の確認である。「壁」は、あらゆるものが政治的であるという意味において、もちろん政治的な映画だ。しかし政治を語る映画ではない。この作品は私自身のこと、我々自身のことを語っているのだ。

私は毎日のように中東の悲劇を超えて、地球上のほかの場所で起こっていることを考えながら映画を作り続けた。富めるものと貧しいもの、弱者と強者、「民主主義者」と「それ以外」、すべてを所持するものと何も持たないもの・・・。

どんな世界でも弱者は目の前に作られた壁を乗り越えようとする。そして強者は、あたかも誰かの幸福が他者の不幸を引き起こすかのように、弱者の立場に立たされることを恐れる。

ときに強者は弱者を恐れるあまり、その恐怖心を払拭するためあらゆる手を尽くし、弱者が本当の脅威となるよう仕向ける。
平和はいつか訪れるだろう。平和は必ずやってくるものだ。しかし現在、壁の時代は到来したばかりで、私はこの時代がおぞましいものになると危惧せずにはいられない。

シモーヌ・ビトン
by smacks | 2004-11-21 17:21 | ■TIF05-パレスチナ
<< 映画も中東!東京フィルメックス 昭和レトロの焼き鳥屋 in 池袋 >>


その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧